[2024.04.15] 4月は学び始めの季節。なにかを学び始めるということは楽しく興味深いものだ。それが強制されたものではなく、自分から学びたいと思ったものであればなおさらだ。
そんな時に手に取るのは入門書だ。電子書籍も含めて、今ではそれぞれの分野ごとに親切でわかりやすい書籍がそろっている。そのタイトルも「すぐに納得の〇〇」「1時間でマスターできる〇〇」「超初心者でも60分でわかる〇〇」…などとYoutubeなみに目を引くタイトルが多い。表紙もクラクラするぐらいカラフルだ。これなら自分でもなんとかなりそうだ、と思わず手が出てしまう。
入門書はその時点での役に立てば十分であり、運よくそれ以上の段階に進めたら次のレベルの本を買えばよい。
そのとおりである。やさしく、飽きさせず、口あたりのよい本をあちこち読みあさる。体系的ではなく雑然とではあるが、基本的な知識に多く接しておくことも必要かもしれない。
しかし少しばかりの経験を積んでいくと、不思議なことに私には別の気持ちが生じる。すそ野が広く高さも高い山、そのような入門書が欲しくなってしまうのだ。いわば「消耗品」としての入門書でなく、欲を言えば年とともに輝きを増すような名著だ。その一冊をもって旅に出かけることができる、お守りみたいな本だ。
では私の考えるすばらしい入門書とはどのようなものだろうか。思いつくままに述べると、次の3つだ。
1.その分野の基礎的な知識を初心者が学ぶのに無理のない順序で提示していること
内容を理解させようとすることだけが優先し、読者に対する変なおもねりは不要である。
それは「入門書」ではなく、その分野の「基本書」だろうという指摘を受けるかもしれない。たぶんそうかもしれない。こういった入門書は口当たりも悪く、わかりにくい記述も多い。しかし学習の骨格はしっかりしており、次の段階に進むにつれてその深さが増してくるというものだ。
2.その書籍の記述の行間に著者の息吹(いぶき)が感じられること
これは著者がその分野とどのように向き合っているかの心の波といえるものだ。整然とそれを漂わせていることもあれば、いらだち、あせり、やるせなさが露呈していることもある。それがまたいい。
3.初心者が理解できる範囲で、その分野の全体像を立体的に示し、遠くまで行ける勇気を与えてくれること
専門分野を通して著者が世界をどのように理解しているか、そして初心者である私たちをどのように旅に連れて行こうとしているか、また目的地の遠望は見せてくれているか。
よく聞くことであるが、どんな分野でも入門書を書ければ一流だといわれている。そのような名著を求めるならば、また私たち読者の側も絶え間なくブラッシュアップすることが欠かせない。
世界の基軸が根底からかわりつつある時代には、私たちは数多くの未知の分野に踏み込まねばならない。そのような時に目にする入門書の群れの中で、やわらかいが確かな光を放つ名著に出会いたいものだ。
Comments